日本のコロナ禍におけるガバナンス、ヴィジランス、レジリエンス

日本のコロナ禍におけるガバナンス、ヴィジランス、レジリエンス

効果的で民主主義に沿った危機管理はどのように実現できるのでしょうか?本研究では、ヴィジランスという視点から、コロナ禍において日本の地域コミュニティがどのようにしてレジリエンスを発揮できたかを探ります。

進行中 SFB 1369 博士論文ガバナンスヴィジランス文化レジリエンス

最終更新

2026年3月


指導教員:Prof. Dr. Gabriele Vogt(ミュンヘン大学(LMU))、Prof. Dr. Hanno Jentzsch(ウィーン大学) 出版予定:2027年(ドイツ語)

コロナ禍は、世界各国の政府にとって危機管理の真価が問われる試練となった。ドイツでは罰則を伴う厳しい行動制限によってハイリスクな人々の健康を守ることができた。しかし、そうした措置は社会の分断を深める結果にもなった。これに対し、日本の対応はいくつかの点で際立っていた。法律による強制ではなく、政府は国民に「自粛」を呼びかけるという形をとった。マスク着用やソーシャルディスタンス、外出自粛といった要請は、多くの人々によって忠実に守られた。高齢化が進み感染リスクの高い日本の人口構造にもかかわらず、超過死亡率はドイツを下回った。しかも、個人の自由を大きく制限することなく、社会生活を維持しながら、政府への大規模な抗議や反発もなくこれを達成したのである。

この成功をめぐっては、いくつかの異なる見方がある。まず、日本文化そのものに答えを求めるアプローチがある。同調圧力や忖度、他者の目を意識する文化が感染対策の遵守を支えたという見方だ。感染対策を守らない人を公然と非難した「自粛警察」も、その象徴的な存在として注目された。次に、ソーシャルキャピタルや社会的ネットワーク、地域の社会インフラに着目するアプローチがある。これらがコミュニティのレジリエンスを支える重要な基盤であるとする立場だ。さらに、地域ガバナンスの緊密なネットワークに焦点を当てるアプローチもある。実効性があり、かつ社会に受け入れられる感染対策には、こうした地域レベルのつながりが欠かせなかったという視点である。

効果的で民主主義に沿った危機管理はどのように実現できるのでしょうか?本研究では、ヴィジランスという視点から既存の研究を統合し、ガバナンス構造と制度化されたヴィジランスの相互作用が、コロナ禍において日本の地域コミュニティがどのようにしてレジリエンスを発揮できたかを探ります。質的・量的手法を組み合わせた探索的・解釈的な研究デザインのもと、以下の三つの問いを検討します。1)ヴィジランスは社会においてどのように扱われているか。2)ヴィジランスはガバナンスにどのように組み込まれているか。3)日常の中で、ヴィジランスを通じてレジリエンスはどのように生まれるか。本論文は、民主主義が危機や変革の局面をいかに乗り越えられるかという問いに向き合い、ヴィジランス文化という視点からその議論に新たな一石を投じることを目指します。

関連論文・発表

まだ出版物が登録されていません。